日記・コラム・つぶやき

リニューアル

数年前から感じてきたことですが、ブログにいろいろと考えてきたことを書いてしまうと、ネットをはじめる以前とくらべて、創作への意欲がやたらと色褪せてしまうようです。

以前はあれこれ思ったこと、感じたこと、考えてきたことをためにためて、小説や歌、ほかの創作にたくしてきたきたものでした。

最近、音楽活動は盛んになってきましたが、新曲や小説の新作へのモチベーションがさがってきていました。

スピリチュアル系のこと、社会評論めいたことは、書きたくなっても書かずに、創作に結晶させられたらと思います。

そこで、音楽とペット、たわいのない話題以外のブログは削除して、リニューアルしました。
スピリチュアル系のホームペイジも削除しました。

今後は、C調な話題を書き込みしていきたいと思っています。<(_ _)>

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涼しい夏

いわゆる冷夏というのでしょうか。
涼しい夏ですね。

農作物の生育が心配になりますね。
涼しくて過ごしやすいとは思いますが、海水浴の人や海の家の人たちにとっては辛い気候ですね。

選挙も近くなってきました。
私が占ったところでは、すでにスピリチュアルブログでも書いたことですが、なぜか、自民党は与党を死守するようです。議席は204から216議席。
公明党と諸派をたして、256議席前後。

個人的には民主党にいちど政権をゆだねてみたいと思っています。
政策にも期待したい。
ただひとつ気がかりなのは、民社党の議員のなかには、国旗掲揚に反対する人たちが少なからずいるということ。

人によって国に対する思いや姿勢が異なるのはあたりまえだと思います。
いまだに学校の行事では国旗掲揚に反対し、「君が代」を歌わない。起立しない教師があちこちにいるようです。

私は日本の国旗はシンプルで好きですし、「君が代」も好きです。
民社党とほかの党が政権をとったら、国際試合での国旗掲揚、君が代を歌わないってことになるのでしょうか。

私には理解できない人たちなのですが、そういう人たちがいてもまあ、いいんでしょう。
寂しいとは思いますけどね。

原爆や、人類が犯してきた最大の愚行である戦争で亡くなられた人たち。
お国のために、いえ、親や家族のために戦争にいって、亡くなられた方々は、今の日本のようすをみて、どう思うわれているのでしょう。

日本の日の丸を忌み嫌う人たちのようすをみて、どんな感想を抱いているのでしょう。

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中学生の頃

一生を大きく二つに強引に分けたとします。
子供時代と大人時代です。
社会人になったときが大人としましょう。
私にとって、中学三年生の頃の一年間は、子供時代のなかでいちばん愛すべき一年間でした。とくに、ラジオ番組風に作成した、「四次元ジョッキー」は、大人に人に聞かせてもゲラゲラと笑う内容でした。

その当時は、文化祭はほとんどは生徒の作品のみの展示でしたが、UFOや心霊、怪奇で神秘的な資料などを展示したのは快挙だったと今でも思います。
科学クラブに所属していまして、クラブ長になったことをいいことに、科学とはちょっとちがうかもしれない神秘現象を、階段の踊り場で大々的に展示。
ほか、生徒会の歌の作詞をして、選ばれたのですが、翌年あたりにはどこぞへ消えたのか。まあ、授業中に書いたので、罰があたったのかな。

卒業が近い頃、四次元ジョッキーの相棒のH君はモデルガンの趣味に気持ちがいって、ほかの友人たちと一緒にいるようになり、I君とも仲違いをして、心寂しい卒業になりました。
それで、坂井純一君という幼友達だけに北海道に引っ越すことを伝えて旅立ったのかな。坂井君がオリジナル曲をやっていたことに触発されて音楽づくりをはじめたので、S君との出会いがなければ、やっていなかったかもしれない。

父が詩吟の師範。そのあとは追分の師範、カラオケの先生という環境のなか、私も小学三年の頃から、体育館や文化会館、公民館など、たくさんの舞台で歌ったり吟踊を踊ったりしてきましたね。一応、詩吟は二段です。

小学校では、合唱クラブに選択されて、基本から歌を習いました。当時は、歌のうまい生徒を担任の先生が選んで合唱クラブに入れるのでした。
厳しく優しい先生でした。あれだけたくさんの人と歌うとすごい迫力です。

中学三年の頃の級友たちも好きでした。とても素晴らしい一年間でした。だから、ふと級友のなかには心閉ざしているような人もいたから、お節介で余計なお世話だと感じつつも、前回、同級会の幹事に名乗りでて、ライブ同級会を企画。

しかし、相談役からたしなめられて断念。麻生さんになりました。出席の同級会ではなく、参加するものにしたかったのです。芋煮会でも、スポーツでもいい、文化祭や体育祭みたいに参加してみんなと楽しみ、元気になれるようなものをしたかったのです。
ライブは拍手と一緒に歌う参加ができますからね。もともとお酒を飲むだけの同級会はあまり気乗りしないので、私が幹事でやるなら参加型の同級会をしたいと思ったわけです。

今回はなにをいわれてもやり抜きます。

ボーカロイドの動画をアップさせたり、PVを映写したりなどの演出も予定しています。
三つ子の魂いつまでも、とはいいますが、小学生の頃の作文に、「科学者か作家になりたい。地球上にあるすべての謎を解き明かしてから宇宙へ」と書きましたが、今は小説や物書き的な創作活動をしています。神秘的なことにも関心を持ち続けています。あの頃とおなじようなことをしている私が好きです。平均点六十点の私なのですが。(゜▽゜*)

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3分間

いつだったか、人が最も集中できるのは3分間だそうです。
あとは、三十分とか、三時間とかあるようですが。

ビートルズの最盛期の曲は、三分未満がほとんどでした。
これってヒットの秘訣なのかも。

また、ビートルズはあえて三十分だけのライブ演奏でした。
ブライアンというマネージャーが、わざと短いライブにして、欲求不満にして、レコードを買わせるようにしたのだと、ビートルズのライナーノートなどに書いてありました。

今なら、三十分だけで終演したら、お客さんは暴動おこしますよ。
アンコールだけで三十分くらいかかったりしますから。

なんにしても、ながくだらだらは集中をなくしますね。
コメントや注意、指示も簡潔がいいんでしょうね。

親や教師がだらだらと唸っていたらかえって逆効果でしょ。

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蛍って、成虫になると夜露だけなめて生きて、一週間だけ生きているそうですね。
桜にしても、その清廉な、それでいて潔い生き方散り方に憧れています。
今年こそ、久しぶりに蛍の光を観賞するつもりです。

ボロボロになっても生き抜くやり抜く生き方もあるでしょう。
芸能関係の人たち、スポーツ選手、経済人、一般人のなかにはそういう人たちもいます。
「老害」だと陰でいわれてもやり続けていく人たち。

それもまたひとつの生き方です。

でも、私は蛍や桜の花のような生き方、散り方のほうが愛おしく思えます。
続けている人たちのなかには、それが「執着」になっているだけという人もいるのでは。
たとえば今の日本のリーダーたちのように。
日本や地域のためなのではなく、究極の自己愛、エゴのように感じられてなりません。

週末に、蛍を題したコンサートがひらかれるというので、久しぶりに自発的にみにいくつもりです。
私も、私の歌などをやるために、九月にコンサートを企画、実施することにして日々準備しています。
生のコンサートをみて、体感して、久しぶりのコンサートに備えたいと思います。

人工音声ソフトをつかった歌もようやくなんとかモノになりました。
ほんとに、難しいものでしたが、チャレンジしはじめたら、モノになるまで粘るのが私の信条なので、あきらめずにコツコツとやってきました。

なにごとも、チャレンジ、トライしていくほうが人生、おもしろくなると思います。

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ミャーのランチ

幼猫の頃は、レトルトフードが大好物で、フガフガ鼻を馴らしながら食べてましたが、喉につまって吐いてから一切食べなくなったのでした。
ほかの猫ちゃんたちは、鰹節や煮干しも好きみたいなんですが、ミャーは食べません。

ただ、ごはんをやり忘れたときに、「ほんだし」という調味料の袋を食い破ってなめてましたが。(;゜ロ゜)

カリカリばかりで、お金はかからないのですが、ウンチもかたいみたいで、痔になるのではと気になってました。
水は家に四カ所くらいおいて飲ませるようにしていましたが。

だいいち、レトルも食べて、食事を味わってもらいたいと思ってきました。

風邪なのかウィルス系なのか、お医者さんによると風邪らしいけど。
体調をくずしてなにも食べなくなったときに、スープレトルトを買ってみました。
体調を取り戻しつつあったときに、久しぶりに、二年ぶりくらいに美味しそうに食べました。
おなじ種類でも、鰹とまぐろとカニかまのやつでないと食べません。

ウンチも柔らかめになったし、食事も楽しくなったし。
万々歳です。

ただ、最近、創作に燃えていて、ぼくの場合、創作しているときの集中力は異常?なくらいなもので、朝からなにも食べずに夜までやったりすることもあるくらいです。
だもんで、ミャーにはごはんをあげて少々放置気味に。
ミャーは機嫌を悪くして苛々。

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猫と犬

ぼくは動物全般が好きですね。
とくに猫は。

犬は、あまりに品格があり、犠牲をいとわず、家のものたちを気遣うところが可哀想で、かえって切なくなります。
こんな人間どもに、そこまで尽くさなくてもいいって、と思います。
ほんとに犬って偉いなぁって思います。外飼いの犬は冬や雨の日はたいへんだし、鎖にはつながれているし。

猫は家飼いでも、家のなかは自由に走り回ってます。
名前を呼んでも、まず近寄ってきません。
愛猫のミャーだけでなく、ペットフードの好き嫌いが激しいです。
気にくわないと決して食べようとしません。前足で皿をどかします。(-.-#)
突然、いままで食べていたものも食べなくなることもあります。
部屋の模様替えをしただけで落ち着かなくなって、ときにはパニック。

でも、そんな正直なところが人間くさくて好きです。
甘えてきたり、寝ているとき、食べているときは可愛いです。
気分の悪いときはぼくはシカトされます。
そんなところぜんぶまとめて小憎たらしいけど可愛いミャーちゃんです。

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猫と巡音ルカ

猫のミャーの「うんち」がここ数日ビック゛です。
いつもは「かりんとう」くらいなのが、最近はサラミくらい。(@@;)
肛門が広くなったのか、腸が大きくなったのか。

どうも体調を崩してからなんか変。

人工音声ボーカル。
つくってみましたが、つかいなれていないため、日本語を覚えたての外国人みたい。
それでも、たいしたもんですね。

ただ、初音ミクのほうが音程が安定しているとネットで知りました。
みっつめの巡音ルカのほうが安定していないって、どーゆーことかなぁ。
初音ミクはある意味、偶然かつ奇跡的にできあがったソフトなのかも。

初音ミクのミュージックや動画、ほんと生き生きしてますもんね。
新ソフトはキャンセルしてミクを購入しようかなぁ。

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猫と社会へのビジョン

ミャーちゃん、元気復活なんだけど、よくなってからやたらと食べる食べる。
大食いタレントみたいに底なしに。(^_^;
ウィルスかなにかが、脳神経かなにかを刺激しているのかとちと心配したりして。

調べてみるとホルモンの関係もありそうで。でも、元気はつらつのほうがまだいいね。
一週間、まともに食べていなかった反動かな。

選挙も近くなって、これからの日本をどんな国にしたいのか、というビジョンが語られはじめています。
「美しい国」も「友愛の世界」も大賛成です。
でも、政治家にビジョンを決めてほしいとは思いません。

どんな国を望んでいるのかは人それぞれですし、ほかの動植物にだって意見を聞いてみたい。

結婚するふたりが、どんな家庭にしたいかというビジョンを話し合う。
きっと微妙に異なった、ときには正反対のビジョンを語るはずです。
いろいろな意見や、さまざまに信じるものが異なるから成長と進化、発展があるはずです。
どんなに優れた指導者であっても、ひとつのビジョンに導かれることをぼくはよしとしません。どんなに素晴らしく思われるビジョンであれ、独裁者とそれほどちがいません。

猫はただ生きることに専念しています。
決して人生ならぬ猫生を語りません。人生を考えないでしょう。
今思うことは、それこそが高尚なる生き方のように思われます。

二十歳の頃のぼくの歌のライフという歌詞です。
「歩くことを考えるまえに歩くんだ。
生きることを考えるまえに生きるんだ。
愛することを考えるまえに愛するんだ」

人それぞれにさまざまな考え、生き方があっていいと思います。
組織として意見を戦わせ、そしておたがいに歩み寄り、そして多数決で決めていけばいいのです。

358neko

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ミャーちゃん復活

ミャーちゃん。まだ少し体力が戻ってきていませんが、元気になりました。
\(^-^)/バンザーイ、/( )\モヒトツ、\(^o^)/バンザーイ

月曜日からずっと元気がなくて朝もどこかで一匹、寝ていましたが、久しぶりにミャーちゃんに起こされました。
元気です。

よかった。
ありがとう。

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ミャーが元気になりますように

わがままで、甘えん坊で、ニャンニャンうるさかった元気すぎるミャーがぐったりしていると、とても胸がしめつけられるように苦しくなります。

症状はあまりかわらないみたいです。
たんなる風邪なのか不安なので、改めて精密検査してもらいにいこうと思います。

はやくでなくていいから、少しづつでも元気になってくれたらいいと願っています。

ミャーのおかげで、毎日寂しくなくこの三年間、過ごすことができました。
朝から夜まで、家にいるときは、ほぼ一緒にいたから、ほぼ生まれたてのミャーを猫用のミルクから離乳食で一緒に成長してきたから、ミャーへの思い入れが深いのです。

なぜか、缶詰や鰹節、煮干し、レトルトを食べないミャー。
こうして病気になると、食べにくいカリカリフードしか食べられないのが困りもの。

猫用のサプリメントなどを少し口に入れたりしています。

ミャーのためにも、まずはぼくがしっかりしなきゃと思いますね。
絶対に元気になることを信じて。

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ミャー、風邪と診断される

本日、ミャーを病院に連れて行きました。(^_^;

思ったよりも騒ぎませんでした。
おとなしく治療をうけてましたが、ミャーもぼくもドキドキハラハラでした。

ネジでも飲み込んだのか? 悪い病気なのではと、真剣に心配してました。
風邪だと診断されても、まだまだ安心できませんね。

よほど怖くて辛い体験だったのか、ミャーはぼくをさけてます。
下の部屋にいて、ぼくのところにやってこようとしません。

明日も嫌がる薬をあげなきゃいけません。
でも、ミャーが元気になるなら、たとえ嫌われてもやらなきゃいけません。
ミャーに愛想をつかされるのは寂しいけれど、ミャーが健康を取り戻すなら、後悔しません。

きっと、一般的な親も、先生といわれる方々も、上司も、そして神仏や守護し導いているといわれる存在も、子供や人々にたいしておなじ思いでいるのではないかと思いました。

ほんとうに相手のことを思い愛しているならば、たとえ嫌われようとも理解されなくても、ときには相手の嫌がることもしたり言ったりしないといけないのだと思いました。

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ミャーちゃんは息子です

愛猫のミャーちゃんが今朝から吐いてごはんを食べずにぐったりしていました。
祈祷と修法をしたら、少しごはんを食べて今は寝ています。

心配しますね。
治ってくれるといいんだけど。

AIBOというロボット犬などには否定的なぼくです。
命あるものは、葛藤し、迷い、ときには感情の海に溺れてしまうものです。
命あるものだから、ときには親にですら反抗します。
命あるものだから失敗したりまちがいを犯します。
命あるものは、それゆえに成長したり退化したりします。
パソコンもソフトもアップバージョンして進化しますが、似て非なるもののような気がします。

ミャーちゃんや命あるものと別れたくないと切実に思います。
別れる悲しみ寂しさ辛さのあまり、出会いを拒む自分がいます。

ミャーちゃんはぼくにとって子供です。
ぼくが生きていこう思っている大きな理由のひとつです。

数年間遠ざかっていた音楽活動を再開させてから、以前の歌をよく聴きます。
青いなぁ、とか若いなぁとか思いつつも、今よりも純粋な叫びに胸を打たれます。
教えられます。諭されます。

どんなに眠くても、その頃の歌を聴くと目がさめます。
しゃきっとしなきゃと思います。
ぼくの歌もまた、ずっとぼくの子供だと思ってきました。
だから、詞をかえられたりするとひどく気分が悪くなります。
アレンジは衣服みたいなものなのでオッケーですが。

いつものミャーちゃんでないと、どうにも調子がでませんね。
元気になってほしい。愛してるよ(=^..^=)ミャー

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海タロウ

最近どうも、太郎だの一郎だの、郎付き名前の人たちが不人気みたいで。

海太郎というハンドルネームは、故郷が漁村で、幼い頃から海と親しんできたから。
今も月にいちどは海を眺めにいきます。

吉巻は、小説の主人公だったのだけれど、どうもなじまないので、海タロウにしました。
海太郎でもあるので、どちらも使います。

以上。=^_^=

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人工音声にトライ

新種インフルエンザ。
思った以上に深刻になっていますね。
なんとか鎮まるといいですね。

最近トライしはじめたのは、オリジナル曲を人工音声のキャラに歌わせること。
「初音ミク」がとても売れたというのは知っていましたが、ヤマハが開発した人工音声のソフトだったんですね。最近やっと知りました。

ずっと自分の声と演奏でやってきたけれど、歌ってもらえるような知人の女性は皆無なので、人工音声でやってみようと。
なにごともチャレンジです。

ボーカルに演奏をつけるのが難しそうだけど。
なんか楽しそうだ。

となりで愛猫のミャーちゃんが寝言をいってます。
可愛いね。
ミャーが生きているかぎり、ぼくも生きていたい。

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悪い子でいいかな

清水由貴子さんの自殺などに心を痛めています。
みなが「いいひと」だったと語ります。

善人は早死にするなんて言葉が浮かびますね。

いっそ、みんなで「いいひと」をやめたいですね。
誰しもパーフェクトじゃないよね。
長所も短所もある、人間なんだもの。

あれ、どこかで聞いた言葉ですね。(;^_^A アセアセ…

「いいひと」でい続けることってしんどいと思います。
プレッシャーとストレス。
猫みたいにときにはわがままで自由奔放でもいいかもね。
猫は猫なりに気をつかっているように感じるけど。

「天使とデート」という映画を改めて観ました。
感動で涙しました。
天使はこの世界では生きていけないものですね。

ときにはハメをはずしてもいいんじゃないかな。
たまには愚痴をいったり、悪い子になってもいいんじゃないかな。

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ドラマな先生

  

「私はぁ-、百%のうち七十%しか力をださない者よりも、七十%の能力を持った者がぎりぎりその能力をだしきる者のほうが偉いと思う!」 私がまだ無邪気な小学生気分が抜けきらない、中学の入学式のあとの、教師になってまだまもない松岡肇先生の第一声だった。 

まだ二十代。英語を教え、頭はスポ-ツ刈りで、背はさほど高くはなく、快活な声は教室の黒板に響いて、笑うと銀歯数本がきらりと光るのがみえた。 

松岡先生は、私の通った中学校に赴任してくるまで、教室に十五名ほどの素朴な少年たちが集う学校にいたと、のちに聞いたことがある。松岡先生にとっても私の母校が初の担任であり、希望に燃え、情熱あふれる姿が今も私の心に焼きついている。 

今思うと松岡先生はかなり型破りだった。 その頃の教師ドラマは『とびだせ青春』などの熱血教師ものをテレビでやっていたが、松岡先生はまさしく熱血教師そのものだった。 

学校の規則に反した生徒は男女とわずに教壇に立たせ、頬に平手打ちをくらわすのだ。今だと体罰教師として世間から手ひどい批判をされるだろう。平手打ちをはられた生徒の中には不満な者もいただろうけれど、私にはかえって清々しい痛さに感じられた。なにを隠そう、平手打ちをはられる生徒の中にはたいてい私が入っていたのだ。その後、さすがに平手打ちに関して問題とされたのか、平手打ちではなく頬をつねるものに変更された。 

松岡先生のデ-ト現場を発見して友達と一緒になってはやしたてたり、先生の家に遊びに行ったこともある。先生の部屋には、スキ-をしている十歳くらいの少年の写真が小さな写真立てに収まっていた。幼くして亡くなった兄の写真だという。いつもは豪放磊落な先生もこのときばかりは言葉少なく、眉間に皺を寄せ、哀しげにうつむく姿が印象的だった。 

私が中学二年生になると、松岡先生は三年生の担任になり、先生に会うことが少なくなった。そんなある日のこと、なにかの用事で職員室に行ったときだ。松岡先生が渋い顔をして、電話の受話器を置いたところだった。そして、教師生活うん十年かと思われるある男性教師が、「松岡先生。あまり深入りしないほうがいいですよ」と、松岡先生に声をかけた。 

松岡先生はその言葉には耳をかさずに、またどこかへ電話している。二人の会話をさりげなく聞いていると、どうやら問題ばかりおこす生徒の家に電話しているようだった。 そのあとで何人かの友達に聞きまわってみると、どうやらある生徒がほとんど学校に登校しなくなり、松岡先生がその生徒を再び登校させようと、一人奮闘しているということがあとでわかった。 

松岡先生に対する私たち生徒の思いはさまざまだった。松岡先生を快く思わない人もいたかもしれない。それは生徒だけでなく、教師のあいだでも同じであったろう。松岡先生はその当時においても、時代遅れな教え方だったかもしれない。平手打ちの件にしても体罰教師だとして世間から非難されるだろう。しかし、松岡先生の平手打ちは温かいものだった。 

体罰が悪くて生徒の心を傷つけるのはいいのか? 執拗なまでの説教は生徒たちの精神に陰鬱な影を落とす。高校受験をちらつかせ、勉強しなければ落後者になると脅迫めいた言葉の数々。受験のための勉強は、外見よりも軟弱な精神の生徒の心に、さまざまなプレッシャ-やストレスの平手打ちは、生徒の心を歪んだものにしてしまう。その形はよく知られたラブマ-クのそれでなく、金平糖のように角がいくつも生えた形になっている。 学校独自で理想的な教育をすることは難しいだろう。現場も知らない官僚たちが今なお牛耳る文部省の方針。窮屈なまでのカリキュラム。だけど一番問題なのは、学歴社会を支持する社会や家庭の意識にある。その意識が変わらないかぎり、真に豊かな教育はなされることはない。 

ニュ-スで少年たちがおこす事件をみるたびに、私は松岡先生を思い出す。今もあの頃のように生徒思いな先生だろうか? それとも誰もがそうであるように、挫折し、いつしか情熱を失い、惰性的な仕事に埋没していくだけの教師になっているだろうか? と。 

否! 私は信じています。あなたの熱い情熱を、生徒に対する真心を。 私がくじけそうになるときは、あなたの言葉を握りしめ、心の中でつぶやくのです。「七十%だしきってがんばろう!」と。

   

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歯医者さん

昨年の七月から、家の近くの歯医者さんに通っています。
とってもよい歯科医院です。
あと二回くらいで治療も終わりそうです。

今日は、帰りに中学時代の同級生とばったり出会いました。
歯医者さんの奥様になっています。
そのことは以前から知っていましたが。
あいかわらず気品のある人でした。
いろいろあって寂しい思いをされていたようです。
同級会のお手伝いをしたい、と話をしていたので、ぜひ協力してもらって少々変わったものをやりたいと企画をねっています。

アマチュアのバンドに友情出演してもらって、演奏を聴く。
私と誰か、弾き語りでやるなどを一部とし、二部をふつうの同級会にするなど。

雑談をしたあと、とっても素敵な花をいただきました。
今は裏庭にて、可憐な花を咲かせています。

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若返る秘訣

最近、どんなに年老いても若返る「脳」の細胞がみつかったというテレビ番組をみました。恋をしたり新しいことにチャレンジすることでその細胞が活性化するのだというのです。

いままではある程度の年齢になると、脳の細胞が日々死滅していくといわれていたのいですが、その「赤ちゃん細胞」といわれる細胞を活性化させることで痴呆症なども予防できるのかもしれません。

さて、「親孝行」とはなんでしょう? 私は最近まで、親に心配や苦労をかけないこと、ときには喜びという贈り物をすることだと思ってきました。それが充分にはできていないから、親不孝者だと恥じていました。

しかし、ふと、痴呆症や老人性のさまざまなことを見聞していくたびに、心配事や苦労を半分、安心や喜びを半分くらいでいいのだと思うようになったのです。心配に偏ればストレスで命も縮むでしょう。しかし、安心と喜びだけではだめなような気がします。

人は多少のストレスが必要らしいのです。多少苦労することがあるくらいが、若返る秘訣であるし、今の時点での世界での推奨できる生き方なような気がします。

壁があり、そびえ立つ障害を越えていく映画やアニメや小説のなかの主人公たち。平坦な道を歩むだけの主人公ほど退屈なものはありません。

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四季の花

桜は春のイメージがありますね。
春のように派手ではない質素な美しさ。潔い散り方。

ひまわりは夏のイメージです。
太陽みたいな感じで、ひまわりをみると夏だなぁと思います。

秋桜は秋のイメージです。
少しばかり儚げな美しさ。

山茶花は冬に咲きます。

花たちは、季節にあわせたようなデザイン。咲き方と散り方をしているような気がします。
まあ、あくまでも私だけのイメージなのですが。

一般的な男性は実用品のプレゼントをもらうのがうれしいみたいですが、私は圧倒的に花束ですね。香りもいいし、気持ちがとてもよくなります。

Sakura

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男性にも乳があるのが不思議です

男性と女性って不思議だと思います。
女性はいつからお化粧をはじめたのでしょう?
お化粧についてはとても肯定的な私ですが、なぜ女性の多くがお化粧をし、男性の多くは整髪くらいのことしかしないのでしょう?

また、男性にも乳があるのが不思議です。
聖書などで男性がはじめて生まれたとありますが、ほんとうは両性具有が人類の最初だったのかもしれません。
それから女性が最初に人類として生まれ、その女性から男性が生まれた。

遺伝子を遡ってゆくと、アフリカあたりの女性にたどりつくと研究発表された文献を読んだことがあります。

最初は男性も乳から母乳ならぬ父乳がでていて、子供を育てていたのかもしれません。そのうち、男性は外で獲物をとることに専念し、女性が育児中心になり、男性の乳が退化したと思うとおもしろいです。

いまだに子供のようななぜ? と問いかけている私です。

Maria1

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美味しいから好きになるとは限らない

一流のシェフのレストランや、一流の料理人がつくった料理を食べてやたらと美味しかったとしても、好きになるとは限らないと思います。
美男美女だから好きになる、惹かれるとは限らないと思います。

レストランなみの美味しさではないにしろ、母や妻、または夫、恋人などが愛情をこめてつくったお弁当やおにぎり、料理に感動したり、心から好きになることが多々あるでしょう。

美男美女ではないけれど、なぜか惹かれてしまうこともあるでしょう。
美味しい、美しい、善人だから惹かれるのではなく、生理的に惹かれてしまう。
あそこがいい、ここがいいという理由は後付で、ほんとうは、なんとなく好きだというのがほんとうなのかもしれません。

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タイトルは難しい

改めてホームペイジとブログをはじめました。
最初は春夏秋冬というタイトルにしましたが、なんとなくしっくりきません。

いろいろと考えて、いっそのこと、タイトル無しでいいんじゃないかと思いつきました。
まあ、それだと不便なので、無限という記号である、∞にしました。
特定の名前は影響をあたえます。
私も姓名判断の新占術を考案するくらい、名前は大きな影響をあたえる言霊です。
いちど名前をつけてしまうと、サイトもその名前に引きずられてしまいます。
太陽という名前にして、闇のデザインや内容にするのも違和感があります。

私はタイトルや人の名前などをつけるのが超苦手です。
猫ちゃんはミャーですしね。

よくよく考えてみると、人の名前も本や映画、テレビ番組も名前なんてなくていいのかもしれません。名前はある意味、記号ですし。大きな影響をあたえる記号です。ただ、名前やタイトルがないと話をするさい、不便ですからね。

あのテレビ番組の内容をいちいちいわないと特定できないですからね。

私はホームペイジにしろ本の表紙にしろ、CDジャケットにしろ、デザインもかなり重視します。内容がいちばん大切ですが、見た目も大事だと考えています。

極端な話、内臓が丸見えの人を目の前にして、食欲がわかないと思います。
どんなに心が美しい人でも、骸骨そのままの姿なら、ちょっとひいてしまいます。

最近、制作費を抑えるためか、本の表紙もCDも、凝ったものが少なくなりました。残念です。

人間というものは、三十代からは、自分の顔や姿は自己責任だと考えています。
人の顔や姿は、三十代くらいから、自分の心の世界がしだいに投影されていくのだと思うのです。人はみかけによる、ことも多々あると思います。

ですから、どんなものでも、姿形もそれなりに大事にしたいと思います。

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ごあいさつ(。。)ペコッ

ネットをやりはじめてから、なんどもホームペイジとブログを閉鎖してきました。
運営しているホームペイジやブログが、本来、私がやりたいものと方向性がちがっていくフラストレーションがたまるからでした。

いちばん最初のホームペイジは、神道やスピリチュアル系のエッセイと、小説や音楽などの等身大のものでした。それがしだいにスピリチュアル系オンリーになり、つい政治やメディアなどに登場してくる人たちに対する批判めいたことを書いたりしてしまいました。

そこで反省のあと、本来の等身大の自分らしくやろうと、ホームペイジでは、スピリチュアル系の文章は、いままで書きためてきたものをpdfにして、まとめて読んでもらうことにしました。ダウンロードをしてもらえば、もっとじっくり読んでいただけますし。
スピリチュアル系のものは、今も原稿として書きためていますので、できあがったらpdfにして、アップする予定です。

ほかは占いや小説、音楽の部屋にしています。
いちど、私のホームペイジにもお立ち寄りください。

このブログは、愛猫のお話や、日常のありふれたことを書いていきたいと思います。
どうぞ、よろしく御願いします。

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