大人になるっていうことは

ネットは怖いこともたくさんあるけれど、まさに宝の宝庫だと思う。
図書館に行ったり、書店で本を購入しなくても、知りたい情報や資料がある程度は手にすることができます。
小説を書くさい、ネットでの資料集めをときどきしますが、ほんとに助かってます。

絵や小説など、asukaさんをはじめとする、才能豊かなな人たちがたくさんいることは知っていましたが、最近、DTM&ボーカロイドをやりはじめてから、これはその道のプロが作成しているのでは、と思うものにたくさん出会いました。

なかにはほんとにアニメやゲーム業界で仕事をしている人たちもいるかもしれませんが、プロではない人たちの作品がほとんどだと思います。

世界には歌がうまい、演技がうまい、絵や小説、音楽的才能が豊かな人たちがたくさんいます。それなのに、世にでて脚光を浴びているのは一部の人たちだけです。
それは、やはり運なのだろうと思っています。
多元宇宙のもうひとつの世界では、きっとスポットライトを浴びているはずです。

オタクだとか、フィギュアだとかを愛好している人たちのことを、大人になっていないと言われる方がいます。最近、ネットの世界でみつけた輝かしい才能にふれて、そうではないと改めて思いました。
ぼくの感覚でいえば、ネットで才能をさりげなく披露している人たちは、本来の人間の原点に回帰しているように思えます。ネットや3Dなど、前衛的にみえてはいるけれど、していることは、昔からある人形を愛好したり、絵や句、映画、紙芝居と基本は変わっていません。ある意味、急進的な保守なのだと思いました。

大人になるっていうことは、この世界の不自由で理不尽な常識に慣れ、受け入れ、妥協していくということなのでしょうか。世界はどんどん変化していくのがあたりまえなのに、その変化に拒否反応しかできなくなったら、それは精神的な老化です。理解できなくていいと思います。無利をしてあわせることなんて不要です。ただ、理解できない自分自身を認めてあげる勇気が必要なのだと思います。
私もわからないことだらけです。
そういう自分を認め続けていきたいと思っています。

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変人か否か

子供の頃から、家族や親戚からも「おまえは変わってる」といわれ続けてきたわけですが、ただほかの人よりも正直、またすぐに顔や態度にでるという習性?のせいかと。

今はずいぶん丸くなりましたが。(^_^;

いろいろな人とつきあってみると、意外と妙な性癖があったりするものです。
スカトロ趣味だとか、赤ん坊のかっこうをして遊ぶ風俗で楽しんだり。
えらく真面目に思われてる人にも、意外と驚くような性癖があったりします。

ぼくは、日常生活はやたらとノーマルです。
考え方、感じ方に個性があるようです。

ぼくは、人間関係は、本能で生理的に好きか苦手かで決めてます。
第一印象が変化したことがなく、相手や相手についているものに嫌悪感を抱いた場合、本能が拒否するわけです。相手がネットの人でも、生理的に決めているところがあります。
相手の生き方や行為ではなく、相手に感じるもので決めてます。

総理にしろと叫んでる知事は、芸人の頃から生理的に危ないと感じてました。
最近読んだ文春に、知事になるさいのマニフェストを書いた人を知事になってから切り捨てたり、暴力や未成年の女子との行為などが書いてありました。
そんな人が総理になったら日本の未来はどうなるのでしょう。

観光的なものくらいしか実績もない方が。
知事は踏み台にくらいしか思っていないのでは。
宮崎県民を小馬鹿にしています。
知事になってからテレビにでっぱなし。タレント時代よりもテレビにでています。
知事ってそんなに暇なんでしょうか。
そんなタレントたちを議員や知事にする人たちもいるわけで、どうなんでしょうね。

なかには、テレビにでていた人でも、優れた業績を積んできた知事や議員もいます。
タレントだから、有名人だから悪いとは思いませんが、もう少し、立候補する人の内面を感じることも大切かなと思ったりしています。

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雑記

nity動画をはじめとして、ユーチューブなど、さまざまなところにオリジナルソング&動画を公開しています。

ボーカロイドなどの公開はこちらで。←

政治は、ここのところコメントも恥ずかしく思うような混乱ぶりですが、最近は麻生総理が可哀想にも思えてきます。
私はもともとまったく評価してませんでしたが、選挙の顔として圧倒的多数で自分たちの都合で選んでおいて、選挙に負けそうだからといって頭を変えようなんてね。

それに、議員たちに投票している私たちもある意味、責任があるのでは。
誰かにいわれて投票している人たちはもう政治に関してコメントする資格がないと思いますよ。

高校時代に、今の世界はすべての人類、命たちの総意が集約されたものだとエッセイノートに書いていました。
政治家、というより政治屋に清廉潔白さなんて求めたことはありません。
もっと実用的に仕事をしてくれることを期待しています。
多少の汚職などどうでもいいと思っています。
仕事のできない議員よりも遙かに有益です。

私を含めて、多少の混乱があるほうが楽しめる。
生きやすいと思う人たちが多数だから今の世界になっています。
もしも、清廉な人たちが多数になったなら、世界も政治も変わるはずです。
政治そのものが消滅するはずです。
誰もが自ずからの意志と行為で自己責任と寛容と愛情をもって、ひとりひとりが生活することになるからです。

今の世界をつくっているのは、私たちひとりひとりの意志なのです。

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ぼくの歌の才能と弟の音楽的才能

ぼくは子供の頃から音楽的な環境にいて、小学生の頃からさまざまなステージで詩吟や吟舞をしていました。高校生の頃からはオリジナルの歌をつくりはじめて、あちこちライブをやるようにもなり、ここ数年は一時期にくらべたら休止のような活動ぶりでしたが、年に数曲は歌もつくっていましたし、いままでの歌をまとめたりしていました。

弟もまた、一時期、音楽活動を休止していましたが、ここ数年は活発に活動しています。
ふたりともオリジナル曲をつくっていますが、弟はずっとオリジナルの歌はつくっていません。

個人的に感じてきたことは、ぼくと弟の個性の違いは、ぼくには歌力の才能があり、弟には音楽的才能がぼくよりも遙かに上手だということ。
ぼくは基本的に、魂の叫びを歌に託してきました。
思いを込めに込めて歌うのがポリシーです。

前に録音したものを聴くと、やたらと叫んでいます。(^_^;
弟はクールに歌っているように感じますが。
弟の演奏やメロディ、アレンジなどに天賦の才を感じます。
音楽的才能は遙かにうえだと思います。
なによりも、弟の歌は、十代、二十代の人たち、とくに女性に愛されています。
ぼくは年上の人たちに愛されているような気がしますが、人気がないみたいです。
少々、いえ、かなーり残念です。
(..;)

今年は新曲を五曲つくりました。生みました。
弟にも新曲をつくって欲しいと思う、今日この頃です。=^_^=

Piano1b

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ネット・ライブハウス

「ネット・ライブハウス」←クリックしてね。

開設した新たなホームペイジは、you tubeにアップされている私やお気に入りの動画(DTMでつくったオリジナルの楽曲やボーカロイドでのボーカル演奏動画)のみを集めたものです。

ボーカロイドだけでなく、演奏だけでもオッケーです。ただし、オリジナルに限ります。

ゆくゆくは、連絡をとりあって、オリジナルの動画をDVDにして、お客様に直接公開、ライブをめざしています。また、最終的にはwebカメラを使っ て、ライブをwebにリアルタイムで公開することをめざしています。環境と設備が整いしだい実施したいと思いますが、急がずにじっくりと準備したいと思っ ています。

現在は、生録、生演奏でのライブをたまにしています。「ウィン&マック」という音楽団体を立ち上げました。今は生演奏のみですが、年内には生演奏&DTM&ボーカロイドでのライブを一年に四回。春夏秋冬に開催したいと思います。会費は一切とらない方針です。

七月に入ってから、会員を募集したいと思います。

DTMに詳しい方に、副会長をやっていただいて、ネット会員をまとめてほしいと思っています。私は会長として生演奏でのライブをまとめていきます。

そんな計画です。=^_^=

ちなみに、初音クミがなぜ長ネギをもっているのか不思議でしたが、たまたまPVを作成した方が長ネギをもたせて、その動画が大ヒットしたからのようです。

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初音ミクと「天使の詩」に込めた思い

「天使の詩」の歌詞は、人やこの世界の命たちは、もともとは天使や天使と対極にある存在だったように思っています。

なんとなく惹かれてこの物質世界にやってきた。
あまりに刺激的なために、この世界で輪廻することになっている。
これは、体外離脱した人たちが共通してお話していることですが。
「天使の詩」は、そうしたもともとの命たちに対して歌いかけています。
初音ミクの声質にあっていると思います。
あたかなサウンドになったかなと思います。

ミクのキャラクターは、ぼくの大好きだった「うる星やつら」のラムやその世界にでてきたキャラに通じるものを感じます。まずは歌い手を親身に思うことから、素敵な歌が生まれるのだと思いますね。

この歌は、詞と曲を少しかえ、生演奏とぼくのボーカルで、メタルロックのサウンドでギンギンにシャウトしつつ録音する予定です。

ぼくは幼い頃から好奇心が旺盛で、奇抜なアィディアでいろいろとトライしてきました。
ライブ活動を盛んにしていた頃は、これからはたんに歌を聴かせるだけでなく、ビジュアル的なもの、見た目も重視したほうがよいと思い、イメージ映像を演奏しているバックに映写してやったりもしました。

中学生の頃も、ラジオ番組をテープで作成して、ギャグとシリアスなコーナーでみんなを喜ばせていました。そして、文化祭では、生徒作品しか展示していないので、階段の踊り場を借りて、UFOや霊、超能力などの資料を展示する「神秘展」をやったりも。仕事もいろいろとアィディアや改革案をだしてやるのが好きなタイプです。

そんな感じで今日までいろいろなことにトライしてきました。
それは今もおなじように続けているものが多いです。
今に満足せず、つねにトライし続けていきたいと思います。

DTMやボーカロイドはそのひとつです。
いままでは、初音ミクの体験版で、保存もできずにたいへんでしたが、きちんと購入しましたので、じっくりとやっていきたいと思います。

Mikuinst

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ボーカロイドの日々

最近、ボーカロイドの日々を送っています。
初音ミクの「天使の詩」ロングバージョンはこちらで。←クリックしてね。

音楽や創作をしているときは、ほんと充実しています。幸せです。
ここ数年、年に一、二曲のオリジナル曲やインスッルメンタルの曲をやったりはしていましたが、まえほどには音楽活動をしていなかったのです。

ここ数ヶ月は本格的な活動中です。

おなじ再開するならなにか新しいことにトライしてみたい。
そんなとき、ボーカロイドをたまたまみつけてはじめました。

初音ミクはバーチャルな存在ですが、スピリチュアル的にいえば、すべての存在はバーチャルなものです。すべてはひとつの存在に帰結し、すべては個々の選択によって、未来と現在と過去、多元宇宙のすでにある世界に移動していくのです。

平和な過去や未来。悲惨な過去と未来の世界もすでに同時に存在しているのです。
このことはすでにブログでなんどか書いてきました。

坂本氏のバーシャルとの対話の本にもそう書いてありました。
バーシャルは「わくわく」するような生き方が自分自身にとってあるべき人生だと話しています。私たちが過酷な人生や世界を選択すれば自然とそうした世界にワープするし、平和な世界を選択すればそうした世界に自然と知らず知らずにワープするのです。

初音ミクは、バーチャルなのではなく、心のなかに実在する命だと感じられます。

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雑記

昨夜は、中学生のとき以来久々に蛍の乱舞をみました。
毎年みたいみたいと思いつづけてきた思いが叶いました。
(^^)v

蛍の夕べコンサートも素朴で楽しめました。

ボーカロイドでの初音クミもなんとかできましたし。
新しくチャレンジするって楽しいです。

人工音声やDTMなどで作成する音楽を嫌う人もいると思うけど、アコースティックの楽器しかない時代に、エレキギターや、そのあと、電子音楽が最盛なときにもおなじことがあったと思いますね。

ぼくは、先進的なところと、昔を大切にするところが半々なので、今後も新しいことにトライしていくし、昔ながらのこともつづけていくつもりです。
生音もいいし、ボーカロイドとDTMでつくられた音楽もそれぞれに素晴らしいです。

あちこち初音クミの動画を検索していて、ほんと涙腺がうるうるしてしまった歌にも出会いました。この素晴らしい出会いにありがとう。

Miku

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ミクミクされました。

いままでアナログで生演奏してきたせいか、DTMをはじめて一ヶ月。
いまだ悪戦苦闘してます。

ボーカロイド2の初音ミクに、オリジナル曲を歌ってもらいました。
まだまだ歌唱指導が不足していますが、まずは習作ということで。
(^^ゞ

解説?

ボーカロイド2とは、ヤマハが開発したボーカルのソフトです。人のボーカルなどをつめこんだものらしいです。人工音声だけど、もともとは声優さんや歌手の人の声みたいですよ。このソフトはボーカルだけなので、演奏を同期させるのがぼくにはまだまだ苦労ものです。個人的には、初音ミクの声と歌い方がいちばん好きですね。

本日、21日に編集をしなおしてアップしました。

初音ミク「天使の詩」 ←クリック

niftyさんの共有ビデオのサイトにリンクされてます。

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蛍って、成虫になると夜露だけなめて生きて、一週間だけ生きているそうですね。
桜にしても、その清廉な、それでいて潔い生き方散り方に憧れています。
今年こそ、久しぶりに蛍の光を観賞するつもりです。

ボロボロになっても生き抜くやり抜く生き方もあるでしょう。
芸能関係の人たち、スポーツ選手、経済人、一般人のなかにはそういう人たちもいます。
「老害」だと陰でいわれてもやり続けていく人たち。

それもまたひとつの生き方です。

でも、私は蛍や桜の花のような生き方、散り方のほうが愛おしく思えます。
続けている人たちのなかには、それが「執着」になっているだけという人もいるのでは。
たとえば今の日本のリーダーたちのように。
日本や地域のためなのではなく、究極の自己愛、エゴのように感じられてなりません。

週末に、蛍を題したコンサートがひらかれるというので、久しぶりに自発的にみにいくつもりです。
私も、私の歌などをやるために、九月にコンサートを企画、実施することにして日々準備しています。
生のコンサートをみて、体感して、久しぶりのコンサートに備えたいと思います。

人工音声ソフトをつかった歌もようやくなんとかモノになりました。
ほんとに、難しいものでしたが、チャレンジしはじめたら、モノになるまで粘るのが私の信条なので、あきらめずにコツコツとやってきました。

なにごとも、チャレンジ、トライしていくほうが人生、おもしろくなると思います。

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